Beaver Board

二次創作の為の合板

自作を回顧して綴る 2021.01.18

 

 

 

シャニマスでなければ、私は二次創作をはじめることはありませんでした。どんなに深い発想も受け容れてくれるような、とても自由な領域が与えられたような気がしたのです。

こと更に衝撃を受けたのは【我・思・君・思】という中の「かなかな」です。それが自分の二次創作をする、直接のきっかけになりました。

もっとも、自分の書いたものが二次創作と呼べるかは、いまだにはっきりしませんが、……

 

『病室』というのは私の処女作で、いま思えば、書き上げられたことが奇跡のような作品です。 最初の構想は、「長閑な療養所に勤める看護婦の霧子さん」と「海に遠く憧れを抱く少女」というだけで、内容や構成はほとんど考えず、あとは今まで読んできた文学作品を思い出しながら筆にまかせて書いてゆきました。結末は意図せず、その都度、ぼんやり考えていたのは、日本の昔話のような「あわれ」という概念、「成就」よりも「循環」してゆくという構成が、霧子の物語にぴったりなのではないかということです。「何も起こらなかった」ということが生じる、「無」が生じる、ということを意識して最後は書いていました。主に参考として傍にあったのはロマン派の文学、堀辰雄や初期の三島由紀夫の作品でした。三島由紀夫の小説には文学的に大きな影響を受けています。小説を書くことに、まだまだ素人な自分は最初、三島由紀夫さんの「文章読本」を実践的な味方にしていました。それに学んで「観賞的文章」を心がけています。

 

『あいにさらさら』というのは、それから半月もしないうちに、半ば衝動的に書いたものです。青森県に「あいにさらさら」という歌い出しの童歌があるそうです。それは小さい子供が、軽い怪我をしたときに、大人が優しくさすりながらとなえてくれるおまじない、「痛いのさん……飛んでいけ……!」というような童歌です。

霧子も小さい頃に歌ってもらって、それを今度は歌ってあげる、という情景を書いたものです。 そのささやかなおまじないが、お祈りとなって、危篤の少年の思い出のなかで「救い」になる。霧子の思いがけないところで、ある「言霊」が、少年に力を与えてくれる、ということを考えて書いたものでした。ちなみに、これと『病室』のふたつは、いま考えれば、サナトリウム文学にあてはめられるのでしょうか。……?

 

『言下』というのは、凛世のことを書いたものですが、とても難しかったのを覚えています。【凜凛、凛世】の「雨宿り」を下敷きに書いた作品です。

私は邦楽の中でいちばんと言うほど、井上陽水が好きなのですが、井上陽水さんの楽曲のなかに忌野清志郎さんと共作したという「帰れない二人」という曲がありまして、このコミュをみたときに頭に流れてきてぴったりだと思ったのが、書いてみようと思ったきっかけでした。

しかし、最初はあまり思うように筆は進まず、とても苦労をしましたが、それもこれも特に内容を考えずに、凛世と二人きりで居ることの張り詰めた感情と、雨のつめたさを、たんたんと、表してゆくことに専念していたからでしょうか。書き出しの一文に納得が入ったところから、徐々に形になってゆきました。凛世には、恋愛という大きな主題がありますが、つめたさに生じる暖かさ、二人きりの四阿にある空間の疎外感、その端々に恋という概念、エロスの愛を際立たせられると良いだろうと考えていました。なので専ら、参考として傍にあったのは、川端康成の作品でした。ここでは、まだ初恋のようなあどけなさが残るものに止まりますが、さらに追求すれば、G.R.A.D.編に見られるような片恋も表現できるのでしょうか。しかし、あんまり大人っぽくてもいけないような気もしますから、やはり、この塩梅は相当難しそうです。

 

『雪解抄』というのは、それから半年もあけて、久しぶりに筆をとって出来たものでした。

小説を書くことに自信をなくしていたのですが、あまり難しいことを考えずに、自分の感性だけをたよりにして、一文ずつ、なかなか面白い連想の、丁度よいなと思うものだけをあつめた詩の世界を、そのまま「雪」というイメージに照らし合わせたものと言えるでしょうか。

『黄昏』というのも、ほとんど同じです。理性に制御されずに、無意識のうちにある言葉を書き付けてゆく「自動記述」「オートマティスム」という手法を用いています。ですが、その時にはパッと出てきたものが、あとから考えればなにか見覚えのある言葉であったりして、その気づきの面白さと、この手法の難しさを感じました。

「お医者さんごっこ」のような子供じみた遊びを、さも「神話」のように語って尤もらしくする、というような感じでしょうか。霧子の体をパン、血液を葡萄酒に見立てた儀式を執り行う、というのは、少しエロティックな後付けですが、霧子はいつも遠い眼をしているでしょう。

 

『幽谷霧子と或る少女』というのは、あまり私自身が語れることはありません。宮沢賢治の「マリヴロンと少女」と「めくらぶだうと虹」という作品をオマージュしたものです。

宮沢賢治は、われわれの労働の中にこそ、生活の中にこそ「芸術」がなければならない、ということを云いました。彼女は「医者」を志していますが、その誠実さ、優しさ、強かさ、それらはすべて、彼女の大きな創造性や感受性に根差しているものなのではないでしょうか。本来は「医者」という職業には、況して日々の生活の中には、全く関係のなさそうなクリエイティブな思考が、実はそれらを支えている根幹をなす重要な部分なのかも知れない。そういうようなことを考えながら書いていました。

本当は、「人生」と「芸術」という対立から、「ストーリー・ストーリー」のことも踏まえて、話してゆきたいなと思うのですが、うまく言葉に纏められる自信がないので、今度にします。

 

『ある晩、お月様とデートする話』というのは、題名からも分かる通り、イナガキ・タルホ ・コスモロジーに触発されて書いたものです。

いかにも「一千一秒物語」に出てきそうな題名ですが、実際には、そこまで天体に親切なことはありません。月に殴りかかるくらいです。

ところで、なぜ自分が、これほど幽谷霧子さんに気を引かれるのかといえば、それは本質的に、ほとんど違う人間だからなのかも知れません。霧子は将来的に医者に落ち着くのでしょうが、おそらく私はこのままずっと創作に打ち込んでいるでしょう。彼女が太陽的だと言うのなら、私はつくづく、自分が月球的だと思うのです。「ルナティック」であろうとしているのです。

月球的な人間というのが存在します。太陽の裏にあって、周りが暗くなれば、それに憧れるように光を反射する。しかし、その身に近づいてみれば、ただ荒涼とした土地があるばかり。いつもすまして高貴なふりをしては、うちにひそむのはフラジリデートな、薄情さ、感傷さの為に、意地の悪さや意志の強さを応援する。そんな、月球的な人間が世の中には存在しています。

しかし、なぜか対極にあるはずの彼女は、そういう想いが馬鹿馬鹿しくなるほど、なにもかもを受け止めてしまう、包摂してしまう、そしていくら掬い上げても滾々とわき出て止まない、源泉であるような心の深さを想わせるのです。

かならずしも彼女を太陽的だとは断言できない、ある種の共感があるのです。それはこちらからなのか、それとも向こうからなのか、それがお互いさまであれば、とても幸せなことです。

 

 

 

 

【我・思・君・思】「かなかな」の主題と構成

 

 

 

f:id:ggnggndpttn:20200617161415j:image

 

 

(序)

幽谷霧子のコミュを読み進めてゆくと、二つの相反する要素がしばしば登場し、二つのものの対照的配置から生じるエネルギーが彼女によって紐解かれてゆきます。

【我・思・君・思】「かなかな」の場合には、「私」と「世界」が、対になっている題材でしょう。すべてのものごとには二つの対極から成る、一面観ではなく両面から把握しようとする、もう一方の観点を見逃さない、のが霧子の考え方の基本のひとつと言えると思います。

ここでは仮に、「パースペクティヴ」と言います。

(あるいは、霧子に限らず、シャニマス 全体に言えることかも知れません。二つの相反する要素が一対になっている表現は、シャニマス の最大のテーマと言えます。私は、ここに深く文学性を感じずにはいられません。)

そのことを心のなかに暖めながら、順次に読み進めて、印象をまとめてゆきましょう。

 

先ず表題ですが、【我・思・君・思】は「みんみん」と「かなかな」に分けられます。いつも通りの日常的な、アンティーカのある夏の日を描いた「みんみん」に対し、あはれを感じさせる「かなかな」をもって調和的な情緒をとらえます。ここでは「かなかな」を掲げます。

通観すると、表題に醸し出された通り、デカルトの提唱した命題「我思う、故に我在り」がモチーフになっていることが分かります。それを本題として、三つの段落に区切ることができます。基本的な三幕構成になります。

つまり、このコミュの展開は、霧子の視点から始まる適当な状況説明を導入に、咲耶を通じてデカルトの命題を共有し、霧子の心情が現れたところで結末を迎えます。

しかし、このコミュの表題は、【我・思・我・在】ではありません。デカルトの場合はともかく、霧子はこれを【我・思・君・思】とするのです。ここには、霧子自身の考え方が現れており、それが主に語られてゆきます。

 

デカルトの「方法的懐疑」を確認しておきましょう。

デカルトが抱いていた以前からの諸学への不満は、どんなに緻密に論証を組み立てても、肝心の基盤が不確かなのであれば砂上の楼閣にすぎない、ということでした。

つまり、「現実」に於いて考えていることが確保できなければ、どんな論証も非現実的になってしまいます。

どんな疑わしさも入り込む余地のない「現実」を確保する為に、彼が考え出した措置が「方法的懐疑」です。

それは、確実なものと疑わしいものの厳密な分離です。ほんの少しでも疑わしさの残るものは、断固としてそれを偽とみなし、斥ける。「疑いを容れないもの」を基準に、徹底した懐疑をもって確実性を模索しました。

デカルトはこの方法によって、「我思う、故に我在り」という哲学の第一原理へとたどり着きました。

しかし、霧子はデカルトと少し異なる態度で、この問題を共有します。以下、冒頭から展開の順にしたがって、概観してみることにしましょう。

 

(1)

先ず冒頭の場面は、敢えて不可解な表現を多く残しています。霧子自身の視点から目覚めたところを察するに、ごく自然に、夕方の事務所の風景を「現実」として見ていることを想像し、補います。しかし、眼前には咲耶のほかに誰も居ないこと、仮眠をしようとしていたこと、なぜ眠っていたのか、「さっきの話」とはなにかなど、前半の「みんみん」からの脈絡はほとんどありません。

 

f:id:ggnggndpttn:20200620174355p:image
f:id:ggnggndpttn:20200620174411p:image
f:id:ggnggndpttn:20200620174405p:image
f:id:ggnggndpttn:20200620174349p:image
f:id:ggnggndpttn:20200620174400p:image
f:id:ggnggndpttn:20200620174415p:image

 

それに加えて、咲耶の一言から、眼前の風景が「現実」であるということにも、確実性が危ぶまれてゆきます。

この時すでに、私たちは完全に宙吊りの状態にさらされます。ここに映し出されている「世界」の光景が、「夢」とも「現実」とも判明しがたくなれば、緊張感が漂い、不気味な静けさだけが鮮明に浮かび上がります。

すべてにおいて、確実性の欠如した状況が作り出されたところで、この導入は完了したと言えるでしょう。

満を持して、咲耶が問題の話を始めます。

 

f:id:ggnggndpttn:20200620174604p:image

f:id:ggnggndpttn:20200620174558p:image

 

 

(2)

『私は今ここにいる』

現実でも夢の中でも、きっとそう思っているはずです。だとしたら、現実だと思っている世界も、そう見えているだけで、本当は夢で、すべては幻だと言われても否定できません。あらゆる認識には確実性がないのです。

デカルトは、疑いの余地をそうして認めてゆきます。

 

f:id:ggnggndpttn:20200620175002p:image
f:id:ggnggndpttn:20200620175018p:image
f:id:ggnggndpttn:20200620175233p:image
f:id:ggnggndpttn:20200620174558p:image
f:id:ggnggndpttn:20200620175024p:image

 

(…)

 

f:id:ggnggndpttn:20200620180253p:image

f:id:ggnggndpttn:20200620180214p:image
f:id:ggnggndpttn:20200620174558p:imagef:id:ggnggndpttn:20200621030019p:imagef:id:ggnggndpttn:20200620180218p:image

 

咲耶の一言のあとに、映し出される景色は、馴染み深いものであるはずなのに、どこか現実味のないリアリティだけが剥き出しになったような驚異として見られます。

「かなかな」というセミの鳴き声も、例外ではありません。心のありよう次第で事象は大きく変容してしまう、その象徴的なものとして、常に描写されています。

(おそらくは、前半の「みんみん」にも言えることかも知れません。心のありよう次第で、つまり、セミになりきれば「暑さ」という認識も変わりえるのではないか。私たちの心の内で「みんみん」というセミの鳴き声は、夏の「暑さ」と自然に重なり合ってしまうのです。)

 

f:id:ggnggndpttn:20200620181114p:image

f:id:ggnggndpttn:20200620181102p:image

f:id:ggnggndpttn:20200620181107p:image

 

この「世界」は、本当は夢かも知れない。

「夢」ではないと否定できない。

「現実」ではないかも知れない。

それは、私たちの「存在」を疑うことになりかねません。シリアスな問題に否応なしに直面します。そして、少なからず、とまどいや恐怖を覚えるかと思います。

なぜなら、私たちは認識判断の内に「現実」と「夢」を自然に区別し、その上で「現実」にあるものを「存在」している、と当然のように受け容れているからです。

「現実」にあるものが、すなわち「存在」している、ということは私たちにとって自明であり、日常的にそれを疑うことはありません。「現実」は、「世界」がいつもすでにそこにあるものとして確信しているからです。

「現実」が本当は「現実ではない」のなら、そこにある「存在」も本当は「存在しない」のではないか。

私という存在も、本当は「存在しない」かも知れない。そう思えば、誰もが恐ろしいと感じるはずです。

 

f:id:ggnggndpttn:20200620181436p:image
f:id:ggnggndpttn:20200620181424p:imagef:id:ggnggndpttn:20200620174558p:imagef:id:ggnggndpttn:20200620181430p:imagef:id:ggnggndpttn:20200620181505p:image

f:id:ggnggndpttn:20200620182237p:image
f:id:ggnggndpttn:20200620182231p:imagef:id:ggnggndpttn:20200620181521p:image

 

ですが、霧子はすぐに落ち着きを取り戻します。安らかに少し微笑んで、狼狽する様子はほとんどありません。

なぜ、霧子は平静でいられたのでしょうか。

シルエットになる描写は、「存在」の不確実性を表していると言えます。『私は今ここにいる』ということが、その「現実」が疑われている状態です。しかし、霧子はシルエットの状態から元に戻ります。つまり、「存在」の確実性を見出すことができた、自らの「存在」を発見することができた、ということになるのでしょうか。

実は、すでにここには「存在」への反省があるのです。

 

デカルトは、そう考えました。前述した通り、すべてが虚偽だとしても、まさに疑っている意識が確実であるならば、そのように意識している自らの「存在」を疑うことはできない。すなわち、「我思う、故に我在り」と。

おそらく霧子は、知らずしらずのうちにこの命題を共有していたのではないでしょうか。つまり、彼女には自らの「存在」を反省する心が普段からあったのでしょう。それは、彼女の性格を特徴づけている性質の一つと言えるのではないでしょうか。いわゆる、前述した考え方の「パースペクティヴ」が、これにあたります。

 

f:id:ggnggndpttn:20200626111751p:image
f:id:ggnggndpttn:20200626111730p:imagef:id:ggnggndpttn:20200626111725p:image
f:id:ggnggndpttn:20200626111736p:image
f:id:ggnggndpttn:20200626111741p:image
f:id:ggnggndpttn:20200626111746p:image

 

ですが、ここで少し、デカルトの方法と霧子の考え方にすれ違いが見られます。霧子は、デカルトの方法を完全に共有しているとは言えません。なぜなら、疑っている「現実」、疑っている「世界」を、疑いえるものとして斥けている、否定しているわけではないからです。

あるいは、「現実」ではないとみなして、斥けるほど、否定するほど、疑っているわけではないからです。

 

デカルトの方法を、咲耶の言葉から見てみましょう。

「自分が信じているものの中で、疑いを容れないものはない」という疑っている意識があるからこそ、そうして意識している「わたくしは在る」と言えます。そして、それには、「この世界も、今見ているように見せられているだけかもしれない」という疑っている対象がある、「わたくしは思う」対象が常になければなりません。

デカルトはそうして「わたくしは在る」というところに「疑いを容れない」確実性を見出し、帰着するのです。

「夢」か「現実」か分からない「世界」、

「偽」か「真実」か分からない「世界」は疑いえるものとして「偽」とみなし、「真実」ではないとみなして、斥ける、否定する。この徹底した懐疑があるからこそ、「自我」の存在は確実に、より純粋なものになります。

デカルトは、「世界」の存在の可疑性に対して、自らの「自我」の存在の不可疑性を論理的に説いたのです。

 

しかし、霧子は、そんな「デカルトさん」のことを、「不思議な人」だと言います。……

 

f:id:ggnggndpttn:20200628115146p:image

f:id:ggnggndpttn:20200628115151p:image

 

 

(3)

では、霧子が意図しているものとは何でしょうか。

ここからは、霧子の考え方が披瀝されるにしたがって、デカルトの「方法的懐疑」から離れてゆきます。

しかし、部分的には、その要素を残していると言えます。霧子の考え方は、この方法に全くそぐわないというわけではありません。デカルトは、日常的に疑いがたい自明性を疑ってゆくことで「世界」を見直し、いわゆる「パースペクティヴ」を捉えておりました。そこから、「自我」の確実性を基礎として考え始めますが、霧子は、「パースペクティヴ」に改めて立ち帰るのです。

はたして、デカルトは完全に「パースペクティヴ」を捉えられていたと言えるのでしょうか。いわば、神の視点とも言える領域に到達していたと言えるのでしょうか。

霧子は「パースペクティヴ」な、より純粋な「意識」を、いまだに、変わらずに心がけていると言えます。

「パースペクティヴ」とは、すなわち、視点の多極化であり、自然に考えられる主観性の立場から脱け出すことを意味します。そこから、「私」と「世界」の関係性を反省したところに、デカルトとの差異が現れます。

 

f:id:ggnggndpttn:20200702154159p:image
f:id:ggnggndpttn:20200702154154p:imagef:id:ggnggndpttn:20200702153909p:image
f:id:ggnggndpttn:20200702153921p:image
f:id:ggnggndpttn:20200702153859p:image
f:id:ggnggndpttn:20200702153915p:image
f:id:ggnggndpttn:20200702153903p:image
f:id:ggnggndpttn:20200702153854p:image
f:id:ggnggndpttn:20200702153925p:imagef:id:ggnggndpttn:20200702161236p:imagef:id:ggnggndpttn:20200702161215p:image

 

「意識」とは、なにかについての意識であり、常にある対象に向かっているという性質があります。霧子は常に「世界」を「意識」しています。しかし、それは疑うというように「存在」に主題性を置いている「意識」ではありません。霧子が関心を持っているのは、「存在」の確信ではなく、「意識」がどうあるのか、にあります。つまり、「意識する存在」と「意識される存在」の相互の関係性に関心を持っているのです。その為に、「意識する存在」としての「私」と、「意識される存在」としての「世界」を、先入見の入らない純粋な意識の主観性から「パースペクティヴ」に捉えようとするのです。

「パースペクティヴ」な視野を心がける霧子にとって、「世界」すなわち「意識される存在」とは、感覚所与に経験されるすべての事象であり、物質的にも精神的にも、森羅万象のすべてが「世界」と言えます。そして、「世界」の内に存在する主観性ではなく「世界」の手前に見出す主観性こそ「パースペクティヴ」と言えます。

(少し本筋から離れますが、幽谷霧子のファン感謝祭編「ふねがでます」は、まさしく「パースペクティヴ」な彼女の考え方が、語られているコミュと言えます。)

 

「西日がきつい」ようであり、咲耶は「少しカーテンを引こうか」と提案します。しかし、霧子は引かなくて「いいの」と言います。この描写は、それが、確実性のない「偽」であったとしても、あるいは煩わしいものであったとしても、「意識される存在」として純粋に捉えようとすることを示唆するものではないでしょうか。

そんな霧子が「意識する」夏の夕方は、さまざまな思い込みや、前もってつくられた観念が重なり合ったような「日常的な世界」のものではなかったのでしょう。

そんな夏の夕方はもはや、言葉にならないのでしょう。それを、霧子は素朴に言い表します。

「とっても……夕方で……」「すごく夏……」

 

そして、「世界」すなわち「意識される存在」の中には、もちろん「咲耶さん」も含まれているのです。「私」と「世界」、そして、そこに「他者」という別の主体の「私」がいて、いよいよ「パースペクティヴ」は錯綜してゆくのですが、それは結華とのコミュである【君・空・我・空】にて、紐解かれることでしょう。

(もし仮に、この出来事が、現実である可能性は捨てきれないとしても、夕方の事務所のソファで、恋鐘や摩美々や結華に見守られながら、ひとり咲耶の肩を借りて転寝をする霧子が、いっぱいの咲耶の匂いに誘われて、見ていた夢だとしたら、と私は思いをつのらせます。)

 

f:id:ggnggndpttn:20200703004936p:image
f:id:ggnggndpttn:20200703004942p:image
f:id:ggnggndpttn:20200703004947p:imagef:id:ggnggndpttn:20200703012452p:image
f:id:ggnggndpttn:20200703012441p:image
f:id:ggnggndpttn:20200703012419p:image
f:id:ggnggndpttn:20200703012429p:image
f:id:ggnggndpttn:20200703012410p:image
f:id:ggnggndpttn:20200703012502p:image
f:id:ggnggndpttn:20200703012457p:image

 

霧子にとって、現実に実在する咲耶も、夢の中にいる実在しない咲耶も、どちらも「意識される存在」であり、「世界」のものであることに間違いありません。

夢でも、夢ではなくても、咲耶が「意識される存在」であり、霧子が「意識する存在」として「意識する」ことができるのなら「嬉しいな……」と霧子は言うのです。そこには、限りなく純粋な「意識」があるのでしょう。つまり、それらの「存在」の確実性が問われない、確信に何の変化も加えることのない「意識」があるのです。

霧子の言葉で、「お祈り」と言えるでしょうか。

 

そして、デカルトの「方法的懐疑」と、霧子の考え方にある、決定的な差異がここに明らかになります。

デカルトが意図した試みは、絶対的に疑いを容れない「存在」を明らかにする為の疑うということ、すなわち「わたくしは思う」という「意識」であり、そこから、「わたくしは在る」という「存在」にたどり着きます。すなわち、【我・思・我・在】

しかし、霧子は「意識」の方法に深く着目しています。「世界」がどのようにして「私」に与えられているか「意識される」かに対して、「世界」をどのようにして「私」は捉えるのか「意識する」か、に着目します。「意識する存在」がなければ、「意識される存在」はありません。反対に、「意識される存在」がなければ、「意識する存在」はありません。霧子にとって、ここでもっとも「意識される存在」といえば「君」、つまり「咲耶」のことでしょう。「わたくしは思う」そして「君は思われる」「世界は思われる」故に「我思う」。すなわち、【我・思・君・思】


f:id:ggnggndpttn:20200704043635p:imagef:id:ggnggndpttn:20200704044133p:image
f:id:ggnggndpttn:20200704044127p:image
f:id:ggnggndpttn:20200704044116p:image
f:id:ggnggndpttn:20200704044121p:image
f:id:ggnggndpttn:20200704044110p:image
f:id:ggnggndpttn:20200704044059p:image
f:id:ggnggndpttn:20200704044105p:image
f:id:ggnggndpttn:20200704044139p:image

 

はたして、今までの出来事は「夢」だったのでしょうか。それとも、「現実」だったのでしょうか。もはや、論ずるに足りません。「夢」も「現実」も、相互に浸透した「世界」が、ここには広がっているからです。

霧子にとって、咲耶と過ごした時間は、霧子が経験した紛れもない事実であり「存在しない」とは言えません。

「世界」があるからこそ、霧子は「世界」を「意識」することができます。「咲耶さん」がいるからこそ、霧子は「咲耶さん」に「おやすみ」を言えます。「世界」があるからこそ、霧子は「意識する存在」でいられます。それは、「デカルトさん」も例外ではありません。

「世界」があるからこそ、霧子は「霧子」でいられる、と言えるのではないでしょうか。

 

f:id:ggnggndpttn:20200704163135p:image
f:id:ggnggndpttn:20200704163140p:image

 

 

むすび

幽谷霧子は「自分を変えたくて」、アイドルのオーディションにやって来ました。すごく心配性で、人のことばかりを考える彼女には「意識する」ことしかない為に、自分が本当は「存在しない」のではないか、という不安を抱えることも、きっと多かったのではないでしょうか。ですが、自分を変えるのではなく、そのままの彼女を、プロデューサーやアンティーカのメンバーが確かに見ていることによって、霧子は「意識する存在」であり「意識される存在」である自分を発見してゆくのです。そうした不安を克服してゆく霧子だからこそ、この問題を共有できたのではないでしょうか。このコミュには、幽谷霧子の「第一哲学」が克明に語られているのです。しかし、まだまだ「存在」への反省は終わりません。終わらないからこそ「存在」しているのです。

それから、霧子の考え方を哲学の専門分野から論ずるとすれば、フッサールの提唱した《現象学》が想起されます。さらに限定すれば、フッサールが「自然的態度」から離れて意識の「志向性」に目を向ける為に、デカルトの「方法的懐疑」を手段として生かしたところから、「志向性」が深化してゆくにつれて「方法的懐疑」から離れていった、という「現象学的還元」の道筋が、参考として非常によく見られるのではないかと思います。

これを書くにあたり、《現象学》についての様々な文献をとても参考にさせていただきました。

(さいごに、ここまでお読みくださり有難うございました。そして、幽谷霧子さんに感謝の意を捧げます。)

 

文献

デカルト方法序説 ほか』(野田又夫・井上庄七・水野和久・神野慧一郎 訳)中央公論新社。(2001)

デカルト省察 情念論』(井上庄七・森啓・野田又夫 訳)中央公論新社。(2002)

フッサールデカルト省察』(浜渦辰二 訳)岩波文庫。(2001)

新田義弘『現象学とは何か』講談社学術文庫。(1992)

新田義弘『現象学と近代哲学』岩波書店。(1995)

 

 

幽谷霧子の方法序説

 


はじめに、この種の哲学が、デカルトにおける『方法序説』のような、ある原理が本来そこにおいて営まられるべき場所にいかにしたら到達できるのか、それが厳密には何に支えられて営まられるのかについての、方法論上の考察に基づくものになるかも知れない。そして、それは哲学の本体と同じくらい、あるいはそれ以上に重要な性質をもっている。おそらく、序論がすなわち本論になり、本論がすなわち序論になる。つまり、いつかは最終的な結論にいたるとは思いがたいような、ぐるぐる廻りつづけ、ますます話はもつれ、こんがらがり、わけが分からないものになるかも知れない。それほど、あざやかな解決は望まれない問題であることを述べておかなくてはならない。それは、いわゆる、なにがいちばんの実在と言えるのか、なにがそれを実在させるのか、その根本の意味を問う本体論の問題である。

 

本来は、アイドルという事柄の中に、すでに内包されている要素ではあるが、宗教的な性質や芸術的な性質、それらが直接的に取り上げられる彼女の場合には、とても密接に関わる問題ではないだろうか。それらを、その場限りの拠り所としてではなく、あくまで相対的な立場を守りながら、なお以て臨まれるものとして捉えている彼女だからこそ、この問題を問題とすることができるのではないだろうか。それらの事柄に対して、熱に浮かされるほど身近に感じ入るということがない彼女は、それらを目的とするよりも、ひとつの方法として考えているような趣きが感じられるのである。それは優しさ、ゆるすことのできる寛容さだろうか。ひとつの方法を絶対視することなく、相矛盾する方法を持ち合わせることは、彼女にとって、そう珍しいことではないようである。自他の区別が前提にない、分別がないということである。

 


幽谷霧子、彼女自身は、その問題を意識しているとは言いがたいかも知れないが、しかし、短絡的に結論を急ぐことはせずに、ゆっくりと、そして楽しみながら、その問題を抱えてゆこうとする心構えが確かにあるように思われるのである。それ故に、安易に夢見がちの一言では捉えきれない、真理を要求するような思想的な、哲学的な一面を垣間見るのである。彼女の中にある、強く思い込んで疑わない、たよりとする、信じる、または執着するという事柄に対して、とても厳しい精神が、われわれより遥かに広い可能性の世界を見ることのできる所以のひとつ、または、アイドルとしての彼女の魅力のひとつに繋がっているのではないだろうか。

 

ここで注意しなければならないことは、幽谷霧子自身の言葉や行動を、自然的な態度を以て見ていては、いつまでも彼女の本質を捉えることは出来ないということである。でなければ、ただ単に不思議な世界観をもった女の子としか見られなくなってしまう。あるいは、非現実的な世界観に逃げている、とも受け取ってしまいかねない。そうした自己投影をするのではなく、(いわば心理学的な)主体的な経験をしていくことが必要であり、それを目指していかなければならない。彼女自身の言葉や行動の裏にある、情動的な部分を見ていかなくてはならない。その為には、われわれの日常的な、常識的な感覚を一旦取り外してみることが重要なのである。

 

 

宗教的な、または医学的な

幽谷霧子は「お祈り」をする。宗教的な絶対性を信じているのか、しかし、幽谷霧子は医学を志している。

医学に於いて合理性を要求している。それは本来、宗教の理念とは相反する意識である。しかし、宗教に於いて非合理性も要求する。それは本来、医学や科学の理念とは相反する意識である。ひどく極端かも知れないが、この相矛盾する意識を保持するということは並大抵のことではない。目の前にいるけがをした人に対して、何かに頼るようなことはしない。しかし、自分ができることには限界があることも知らないわけではないのである。

だが彼女は、その時になれば、すぐさま合理的な行動に出るのだろう。「お祈り」ではなく、治療をするのだろう。それは「お祈り」が絶対性に向けられた意識だとしても、詰まるところ、それが心のありようであることに変わりはない、相対的な意識であることに変わりはないという気持ちのあらわれではないだろうか。

彼女にとっては、宗教的な意識である「お祈り」も、治療と同じく自分が尽くせる方法のひとつにすぎないのではないだろうか。

 

本当は……お祈りなんてなくても……

みんな……

ちゃんと……元気に……

帰ってきてくれるんです……

でも……

わたしには……

できることが……多くないから……

( “ふねがでます” より)

 


芸術的な、または人生的な

幽谷霧子は「物語性」を作る。芸術的な絶対性を信じているのか、しかし、幽谷霧子は人生を生きている。

芸術は、人生にどう関係しているのだろうか。人生があるからこそ、芸術は存在しているのか、夢は存在しているのか、物語を作り出すことができるのか。芸術はそうして、人生を前提にして存在しているのだろうか。人生がなければ、芸術はないのだろうか。ならば、芸術があろうがなかろうが、人生には関係がないのだろうか。

では人生は、現実性と合理性だけで成り立っているものだろうか。しかし、それでは、人生が完全なものになってしまうだろう。そこにあるのは機械である。人生を、人生と示すものがなければ、人生を認識することはできない。その為に、相反する理想の世界、非合理で無秩序な世界、「物語性」が要求されるのである。もちろん、それらも、絶対性に向けられた世界であるが、人生との相対的関係から逸脱するものではない。人生が芸術から離せられないように、芸術も人生からは離せられない。芸術と人生は相対的関係にあるのである。

ただのコデマリの花は、「コデマリさん」として彼女が創作する物語の中に登場する、または、もしかしたら「コデマリさん」なのかも知れないと感じている。その途端に、無機的だったコデマリの花は、彼女の代わりに、われわれには想像もつかない新しい現象になって、変わってゆくのだろう。しかし、彼女は、そのままの、ただのコデマリの花を見失うことはない。その、ただのコデマリの花を見つめたところに、「コデマリさん」がふと出てきて、それはコデマリの花に間違いはないのである。この時、もはや「コデマリさん」は、「物語性」を帯びたものでもあるが、真実にもなり得るのである。コデマリの花と「コデマリさん」を、その時その場に、同じく見ている。相互に滲透しているのである。

コデマリさん」を見ようとしてコデマリの花を見ているわけでも「コデマリさん」を見ているわけでもない。ただただ、コデマリの花を見ているし「コデマリさん」を見ている。「コデマリさん」が特別なわけではないのである。それも、心のありようであることに変わりはない、相対的な意識であることに変わりはないという気持ちのあらわれではないだろうか。

彼女にとっては、芸術的な意識である「物語性」も、人生の時間のうちにある感じ方のひとつ、方法のひとつにすぎないのではないだろうか。

 

ふふ……

お花さんたちは……話しません……

そんな気が……するだけです……

(信頼度Lv.9ボイス より)

 

 

 

そして、幽谷霧子は、それらが相対的でありふれた掴みどころのないものであることに、虚しさを感じるよりも先に、嬉しさや楽しさを感じるのである。なぜなら、それが絶対的でなくとも、彼女自身に、その時その場に感じている意識が確かにあるからである。世界があって、わたしもいて、あなたもいて、それが真実だろうと虚偽だろうとそれに向かっている、意識があるからである。

幽谷霧子は、宗教的にも芸術的にもそれを抱きつづけるが、アイドルをやりつづけるが、それはむしろ、逆説的に、自分という存在に立ち帰ることや、ある本当の常識に立ち帰る、その方法のひとつなのかも知れない。

 

(2020/06/15)

(2020/06/26)

 

 

f:id:ggnggndpttn:20200614220430j:image

 

 

 

相対について

 

 

本当のところは、書き残すことに気の進まぬ思いが拭い去れない。ならば、書かなければ良いではないかと思われるのが当然であろうが、そうもゆかず、もう書いているしか手立てがない、書かざるを得ないというのが実情である。書きたくないが書きたい、書きたいが書きたくない、そのどうどう巡りである。しかし、この相矛盾する意識は、どちらが否定でどちらが肯定かも分別することができないものであり、いわゆる、どちらも否定であり肯定である。その現実が受け入れられた時に、私はようやく筆をとって、書くのである。それは、自らの中に相対的な性質を認めた上での行動である。だからといって、書きたくないという意識を排したわけではない。その意識があるからこそ、認めることが出来たのである。

「書きたくない」という意識は、いわゆる意地であろう。すでに理解を終えた、智慧をもったものなら、書く必要も、書こうと思うこともない。その様な姿に、私は憧れ、その様な姿でなくてはならないと思うのであるが、もう既に、ここには自己矛盾があるのである。

「書きたい」という意識は、それに対して理性であろう。どうしても理解できない、はっきりしない不安に苛まれている、あの緊張感から、私は言葉によって、ひたすら方法を模索する、その欲求があるのである。

何かを「書く」という意識は、この二つの意識のちょうどあいだにある。書こうと思わなくなることに憧れて、書きつづけるのだが、書きつづけられるのは、書こうと思わなくなることに憧れがあるからである。この時に、現実にあるのは、相対的な、人間的な私である。憧れているということは、いまだ、書こうと思わない境地には至っていないということである。しかし、いずれは分別ざかりになるということもなさそうである。

私は、相対的な存在であるかぎり、「憧れ」ているからである。

(もっとも、「書きたくない」のは、まだ右も左も分からない時分に「書きたくない」と思っていたこと、いわゆる、「知ったかぶり」をしていたことである……)

 

 


ここに登場したのは、別の言葉に置き換えれば、絶対者と、それに憧れを抱く相対主義的な人間の姿である。絶対者とはいえども、それは真理の光景であり、人格的なものではない。それに対して、相対的なこと以外は認知できない人間にとっては、まったくイメージのつかないものである。人間が人間であるかぎり到達できない、無限の、絶対的なもの。それは、反対の立場にある客体だからこそ輝かしいものだが、相対的な立場にあるのは人間だけである。相互関係に入ってゆくには、生きて、生きて、生き延びていかなければならない。人生を生きていなければ、それは見えなくなるのである。

そこには、宗教も芸術も科学も人生もあるだろう。それぞれ、真理を探求する、絶対者にたどり着く為の思想である。それは生きていなければ持つことはできない。逆に言い換えれば、生きているということは思想を持つこと、つまりは、真理を探求して尋ねあぐむことを意味するのではないか。どの分野に於いても、それは結果的に、死の観念に触れることになるのである。

しかし、生きているということも結局、相対的であり、生を考えることは死を考えることにほかならない。

 


何回も同じことを言っているようになるかもしれない。「絶対」という理想を考えるものであり、「相対」という現実を考えるものである。しかし、この相互関係から逸脱した、理想は理想として、現実は現実として、独立させて考えようとしてはならない。それが条件である。

「絶対」とは、完全なるもの、無限なるもの、理想的であり、夢想的であり、虚偽であり虚無である。あるいは、まったくその反対である。

「相対」とは、不全なるもの、有限なるもの、現実的であり、実際的であり、事実であり真実である。あるいは、まったくその反対である。

すべては絶対視するには及ばない、相対的なものである。宗教も、芸術も、科学も、相対的なものであることに変わりはない。しかし、それらは絶対的なものについての意識であり、その対象に向かっているものである。あえて、逆らう、抗する意識なのである。生きることに対して、死に向かう意識と言ってもよいのではないか。それ故に、宗教も、芸術も、科学も、思想は一見するとグロテスクなものを表している。それらは、癒されるものでも慰められるものでもないだろう。しかし、また、逆説的には、そういうものかもしれない。

思想のあやうさ、あやまちは、相対性を忘れてしまうこと、自棄に走ってしまうことである。生きることをする為に、死を考えることが、死ぬことをする為に考えることになってしまう。目的の為の手段が肥大して、徐々に目的を抑圧してしまうのである。目的の為の手段、思想が、目的になり代わっては本末転倒である。宗教も、芸術も、科学も、「絶対」を見出し、それが完全に目的になってしまった時、もはや、その惨状は目も当てられないだろう。それらの異常な不気味さ不快さが、まったくあらわになるからである。

いつしか、相対的な絶対的意識に「絶対」を見出し、それを目指していると錯覚する。それは相対的な立場からそう見えてしまうだけのことであり、そうだとしたら、そこから脱却すればよいだけの話になってしまう。安易に相対主義的立場から逃れようとしてはいけない。考えつづける辛抱強さ、真面目さを持たなくてはいけない。「絶対」とは実に純粋であるべきだが、事情はそう単純ではない。かと言って、複雑というわけでもない。憧れの意識は、いつでもはっきりしているからだ。この不安定さは、安定した不安定さを保ちつづけることにある。

ならば、「絶対」的な「真理」や「善」、若しくは「美」は、その「相対」性のかなたにある交錯点にあるのかもしれない。または、そこに到達しようとする意志にあるのかもしれない。人間のなかにある「相対」性は、生と死、宗教と科学、芸術と人生、それでなくとも、言いたいけど言いたくないこと、書きたいけど書きたくないこと、知りたいけど知りたくないこと、完成であり未完成、完全であり不完全、枚挙にいとまがない。それらは、ずっと平行線であるかもしれないが、希望であって絶望であり、絶望であって希望であり、夢はあるが夢はなく、夢はない、が、夢はある、のである。

この押し問答のような文末に、若干のオプティミズムを残して終わりたい、と不肖な私は思うのである。

 

「外に出ようとしないで、汝自身のうちに帰れ。

 真理はひとの心のなかに宿っている。」

 

 

 

 


 

 

 

絶対について

 


本当のところは、書き残すことに気の進まぬ思いが拭い去れない。それは必ず、生を堰き止める行為でありつつも、生からは逃れられないことを実感として思い知らされるからである。これが恥部をさらすことになりかねない。私の中には、未だ、生きていることがそのまま弱点のように感じてしまう傾向がある。それと云うのも、ある耽美的憧憬に衝き動かされていた時分の名残であり、今にして、私はつくづく辟易していたことを認めざるを得なかった。

この頃に況して、絶対的なもの、純粋なものがこれほど輝かしく見えていたのは何故なのか、内省的であった。おそらく、それは見当の付かない問題ではなく、明白にも、それを認めるには何だか癪に障るというような問題であり、謂わば諦めることにいつまでも逡巡していただけの問題なのである。その断念や決意といったものを、終ぞ、私は持つことが出来なかったのである。

その徴候がみられたのは、相対的なる二元論の間に揺れ動いている、ともすると、躯が二つに引き裂かれる思いであった自分を発見したのがきっかけであった。それまでの私は、その純然たる絶対性に最上の価値を見出しながら、自身にもその可能性があることを信じていた。

私は羨ましい気持ちでいっぱいであった。それに対して寸分たがわず似たいという熱望だけがはっきりとみえたのである。恋をしていたのだ。絶対性は理想であり目的であった。しかし、それが恋だと分かった途端に、なかなか筋の通らない自分の宿命に気が付いたのだった。

こんなことを書いて、何分にも要領を得ないのだが、倒錯的な性的傾向を告白したところで、愚にも付かない。それに、そういうところにまで心理的な過剰補償が及んでいるとしても、決定的な要因にはなり得ない。無論、特に私の中では目立ったものだったが、それも含めて、さまざまな逆説が、私という人間的存在を作っていた。

それは矛盾であるのか、皮肉であるのか、均衡であるのか、調和であるのか、とにかく、反対の概念が接合した混沌であり、その二律背反は多岐にわたった。そして、そのどれもが単純な相対的関係に入ることはなかった。そのもっとも顕著な例に、倒錯的なものもあった。

太陽のような暖かさと、鉄のような冷たさ。

美しい智慧者の看取と、美しい無智者の経験。

そのどちらにも、純粋で綺麗なものへの肯定があり、そこには対立関係も自他の区別もなく、もはや、うらやみの心もない。何故なら、それらが一緒になったもろもろの中に、滑稽にも人間的な、憧れと、少しばかりの軽蔑と、善良なる愛情とが重なり合って、よく分からない、何か別のものになっているような気がしたからである。

この二つの世界のあいだに立っているのだが、どちらに於いても腑に落ちない思いは依然として残るのである。芸術に迷い込んだ私には、それとは不適応な、ひどく胡散臭いもの、天才ならざるもの、誠実さ、正常さ、丁寧さ、そういう俗人的良心が、実際にあったのである。

そのどうしようもない性質を、どうにか自分の力だけで統御しようと、或いは、自分を欺こうとするのだが、それこそ自分を否定していることになりかねない、純粋性の理念からかけ離れた心情であることが、どちらに寄っても、常に付き纏うのであった。統一的意識を獲得しようとすること自体が、すでに分裂した意識を持っていることの証左であり、帰着するところだったのである。

この今も、ある絶対性は燦然と輝いてそこにある。それらは何にも侵されることなく、常に、永久に、ゆるぎなく輝きつづけているのである。それが齎らす、分裂の意識、欠乏の意識、理解しがたい、名状しがたい、悲劇的な宿命の為に、私はそれを求めつづけるのである。

実はそこに、人間の尊厳があるのではないか。

 

その椅子はどうも、坐り心地が悪い。

気にすることなく坐るものもあるが、私は、どうも気が済まないのである。もっと善くなれば、永く、落ち着いて坐っていられるはずである。しかし、気休めのようではいけない。どんなことがあってもゆらがない、丈夫で、しっかりと自立した椅子が善いだろう。その為には、椅子のことをよく知る必要がある。調べてみれば、どうやら、足の長さが、右の方の足と、左の方の足で、多少ずれていて、傾いているのがおかしいのである。

右の方の足を少し短くすればバランスがとれるだろう。そうして、坐ってみる。まだ腑に落ちない。

今度は、左の方の足を少し短くすれば善くなるだろう。そうして、坐ってみる。やはり、まだ腑に落ちない。

それを繰り返していく内に、椅子の足は、どんどんなくなって崩れていってしまう。椅子から落ちてしまう。

未だに、最上の形をとった椅子は、見られない。

時には、変調をもろともせず意に介さないものもある。一本の足の上に、恐るべき感覚で自立してみせるものもある。彼らは、しばしば、神秘的にうつるものである。その中には、意識的に、ある覚悟を持ったものも少なくない。だが、ある微かな風が吹いた時、いつのまにか、音も無く、彼らは消え去ってしまうのである。

果たして、彼らは迷わず幸福であったのか。

椅子の形は、千差万別、多種多様である。

私は、坐り心地よりも、最上の形をとった椅子がどんなものなのか、探し求めたい一心で、考えつづけていた。

 

 

 

 

 

 

 

感動について

 

 

感動とは、極めて不安定な状態である。

感情があわてふためき、あっちへ行ったりこっちへ行ったりして、意識は及ばず、ただ運動による熱だけがはっきりと認識できる状態である。あまりにも急激に温度は上昇するので、つかの間、幸福感でいっぱいになるが、この運動もずっと繰り返していれば、熱を持ちすぎて、身体は続かなくなるだろう。

程ほどにバランスを取らなくてはならないのである。その為に、外的な刺激に対して、今度は、こちらからそれを解放しなければならない、許容量を超えたものを欲張らずに処理していかなくてはならないのである。

だが、それにはまず、上がりすぎた熱を冷却する必要がある。激しい感動において、まずは冷静が必要になるのである。そのもっとも適当な方法が『言葉』である。

とらえどころのない、気化された感情を冷却して固体にする、形を与えたものがすなわち『言葉』である。


私は、意識的な人間である。

本来は、この一連の流れを本能的に行って、何事もなく生きている。しかし、私がこうして言葉を書き出しているのも、事を分けて論理的に解釈しているのも、逆説的に、それだけ私が感傷的な人間であるからだろう。

だから、言葉を重じて、意識を以て感動を先回りしながら、センチメンタルに過度に陥らないよう細心の注意を払って、自我意識において護身しようとするのである。言葉と向き合い、言葉を書いてゆく必要があると感じている所以はここにある。なかなか、自分本意である。

とは言いながら、人間のこころというものは全く込み入っていて、自分自身の傷つきやすさを他人に見せまいと、弱さを自嘲したり自虐したりして、自己欺瞞に陥ることも禁物なのである。寄りすぎると、また反対に大きく舵を切れば横転してしまう。意識を徹底したところにも陥りやすいあやまりがあることを忘れてはならない。

そう。この記述でさえ、他人よりもさきに自分の弱さをちゃんと認識しているということを納得させるために、わざわざ、言葉にしてまとめたものを、公共の場にそなえて置いて安心しているだけなのである。

しかし、それが不確定のものであると思うからこそ書くのである。それが誤謬であっても、再び現実を発見すれば、その度に書いてゆくより仕方ない。

だが、意識し過ぎるのも戒めなくてはならない。

いや、意識を徹底するのもただ自分が怖いだけなのだ。

社会生活のなかでは、人間は個人としては弱く限界があるために、いつも他人と結びついているのである。それは、相互に自分の弱点を提供しあい、ゆるしあうことで成立している。それは、やむをえないことである。

 

気が付いた時は、すでに極寒であった。

ただれてしまった皮膚からは、いかばかりの感覚も失われ、もと来た道を引き返そうにも、ふりしきる雪は、後ろにあったはずの足跡を消していた。かたちのない鈍色と、うすぼんやりの白だけが広がる、その先に何となく形を変えながら射し込む、じらじらと目を眩ませる光輝が、前へと足を進ませる、わずかな好奇心だった。

さて、まるで文体のはっきりしない、幼いこどもが画紙にいっぱいのクレヨンで気随気儘に色を付けていくように、私もたくさんの言葉を綴りたいと思うのだが、どうも理念的な文章がよく書けないのである。それは、ある意味では、言葉に侵されているとでも云えるだろうか。

言葉は社会性を以て、初めて意味を成すものであるが、言葉それ自体が感覚に先立ってしまっているのである。相手に伝えるための性質を見出すよりも、手段ではなく目的になってしまう、言葉それ自体の存在を重視してしまうのである。それはすべて、自分の感覚に触れるかどうかで何もかもを決めてしまう。ひどく個性的体質的なのである。しかし、この内的なものにこそ、『芸術』が深く関わっているのである。

かくも私は、これを絶対的真理が先に据えられた、ひかり輝く、ただ一つの純然たる道のように思っていた。

親切心に於いて、好意を持って人のためにすること、情愛のあるさまを、しばしば、温かさと言い表される。反して、親切ではない、非情であるさまを、冷たさと言い表される。私はこの冷たさこそ、芸術の中心的性質たり得るのではないかと考えている。それは、人間にとってマイナスの要素であるが、決して軽蔑できないものである。冷たさを無くして温かさはなく、温かさを無くして冷たさはない。人間の生を基本として、芸術を見詰めるところに美の探究があり、それこそが芸術の道である。芸術は実に、人生的問題である。また、人生は実に、芸術的問題である。どちらか一方を絶対として到達することを夢見、凝視、信奉していれば、それには及ばないのである。芸術対人生の図式が表現活動の問題である。

言葉とは、その方法のひとつなのである。

人間は相対的であり、その表現し得る芸術もまた相対的である。いずれも、絶対に融け込まないところにあるからこそ真理があり、それは人間のどんな行動に於いても到達不可能である。しかし、この諦観から、芸術は始まるのである。真理の探究は始まるのである。重要なのは、単純化に陥ることのないねばり強さを持った、誠実な意志である。相対的なる世界に、逆説的なる世界に、反自然的なる世界に、本当の美しさはあるはずである。

私が何故、言葉を必要とするのか、芸術に携わるのか、生きることに叛逆するのか、という問題は、ここに帰着する。今日ここに、私の現実があるのみである。もし仮に、また現実を発見すれば、筆をとるのであろう。

 

“ おいのり ” 感想

 ファン感謝祭編 幽谷霧子 “おいのり” “ふねがでます”

 

 

左手、それから右手を胸にあて目を閉じる。

彼女の最も印象的で象徴的な立ち姿です。

この “祈る” ということを厚く重んじる精神はどこからくるのでしょうか。

 

 

 “ おいのり ”

主に、神仏に加護や救済を請い願うことを祈願、祈禱、総じて “祈り” と言い表されます。日本語としての構成の解釈には、斎 (いつき) や生命 (いのち) などの神聖なものを指す「い」と、告 (のり) や法 (のり) などの宣言するということを指す「のり」が合わさって「いのり」であるという語義があります。つまり、口にすべきではないことを口にする、神聖な、根源的なことをことばにして響かせる、ということを表しています。

絶対的な存在に求める、という宗教的な意味合いが広く使われている言葉ですが、より純粋な “祈り” の意味としては、本能として行う人間の営み、といえます。

 

霧子がしているお祈りは、ことに清らかでなにより無垢であった印象を受けました。彼女のお祈りは、このより純粋な意味の “祈り” なのではないかと思います。

そこには、誤解してはいけないことがあります。

彼女のお祈りは、 “お願い” ではないということです。苦しい時や辛い時に神仏に助けてもらいたいと、しきりに考えている、ということは決してありませんでした。

彼女のお祈りは、 “念ずる” でもないということです。なにか決まった説法を唱えることも、それ自体に効力があると前提して考えているわけでもありませんでした。

どこまでも、彼女は、“祈る” のです。

 

霧子にとって、お祈りとは、生きていることへの実感の言葉なのかも知れません。

それは、挨拶をするように自然なことなのです。

 

 

 

 “ ふねがでます ”

心配性で、人よりも不安を抱きやすい性質の彼女らしい行為、それも、このお祈りだと思います。

霧子のお祈りは、さながら瞑想のようでした。そこには様々な癒やしがもたらされているようでした。

 

f:id:ggnggndpttn:20190831101518p:image

 

霧子は瞼の裏に、海図を見ます。 それは、事務所と、日本と、世界と、宇宙がある、どこまでも果てしない、そんな、海図を思い浮かべます。

そこには、おそらく彼女自身がぽつんと漂う宇宙を鳥瞰しているような光景が広がっているのだと思います。 そして、広がれば広がるほどに自分という個人が本質へと近づいていき、小さく小さくなっていくのでしょう。宇宙に身を預けるような感覚があるように思います。

 

霧子は海図の上で、みんなを見送ります。心を込めて、丁寧に見送ります。

「いってらっしゃい」という言葉には「行って」そして再び「帰って来なさい」という意味があります。

彼女は、みんなが無事に帰って来てくれることへ感謝を込めて言っているように感じました。 本当は、それが大袈裟なことも彼女には分かっているのです。だから、それを人に伝えるようなことはせず、自分の中だけで、言葉にしているのでしょう。もしくは、言葉にせずにはいられないのかも知れません。

彼女の「おかえりなさい」には、そんな感謝の意が込められているように感じました。

 

f:id:ggnggndpttn:20190831230103p:image

 

祈りによって表される言葉の数々が、彼女によって様々な意味を持ち、そして、それは彼女自身を支える大きな力となっているように感じました。

 

祈り、そして言葉を重んじるその姿勢に、私はどこか 神の国である古代の日本を彷彿とさせます。